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不動産騒動記その3(前編)

2018.09.15

「おっそろ~い!」

静粛な応接室に姉の声がとどろいた。「は?な、なに?」私はきょとん。

その日は家の大事な売買契約日だった。

ところで、どうして不動産の売買って手付金とか現金なんだろう?

近くの銀行で引き出すにしたって、結構な額だから必要以上に周りを警戒してしまい怪しいおばさん丸出し。契約日のその日は、とにかく一刻も早く手付金を相手に渡し、さっさと契約を済ませたい一心で、仲介業者のビルに向かった。そして毎度おなじみの間違いを犯し姉も一緒。忙しいくせにこういう時に限って休みだったりする。あ~あ。

Мさんの案内で立派な応接室に通され、私は必要な書類をテーブルの上に載せ、実印はここに入れた、っとカバンの中を確認、三文判も一応持参、勝負ペン(滅多に使わないブランドものの太くて重いボールペン)を握りしめ、緊張感と共に契約に臨んだのだ。

姉?お気楽な感じで応接室をきょろきょろ。そして、売り主さんとの初顔合わせと相成った。売り主の建築会社のFさんは、若いながらてきぱきと仕事をこなすタイプ。愛想はそんなに良くないが、頭は切れそう、仕事も出来そうである。口の横っちょでにたっと笑うタイプとお見受けした。お馴染みМさんがわれわれを紹介、Fさんが名刺を差し出した。

そこで、冒頭の姉の「おっそろ~い!」が出た。

何がお揃いかって?それはFさんと姉の名刺入れが色違いだった…らしい…のだ。

え?今?ここでそれ言う?そして例によってお構いなしにまくしたてる。

「伊東屋ですよね?伊東屋!これ使ってる人、あっら~珍しい!私、今まで名刺交換してきて初めて!同じ名刺入れ使っている人に会ったの!いや~びっくり!」「私、今日は持ってきてないんですけどねっ」

そんな情報、今要らないからっ!

ここまでFさんの発言は皆無。と言うか、口を挟む余地なし。あまりの姉の勢いに圧倒されていて、「あ、いや~、あの~その~」苦笑い、みたいな。

Мさんは「ほ~ぅ!」「御縁でございますー」と純粋に感心している風。さすがサル目 人科 姉属だ。

「使いやすいですよねっ!」と初対面のFさんに話しかける姉をМさん、にこにこしながら見てるじゃないの。

そして次のジャブはその姉属、Мさんから。「今日は秦さまの大事なご契約日。弊社からこちらのボールペンをご用意させていただきました!」とテーブルの上にスタンドのついた大仰なボールペンセットを差し出した。

「本日はこちら、お持ち帰りいただきます」満面の笑み。

げぇっえー?私の勝負ペンはどうなるの?でも言えない。姉属営業課、すごく満足そう。言えない。こそこそと勝負ペンをバッグにしまった。断れっこ無い。

気を取り直し、Мさん肝いりのボールペンで住所を書き、名前を書く作業を進めた。

ちょっと悔しいけど、ブランドボールペンより書きやすいじゃないのさ。

とにかく、売買両方だから膨大な書類がある。契約事項の読み上げもあれば、サインもあり、同じような作業を何度も繰り返さなければならない。そこで遅まきながら気付いた。姉にとって、沈黙は最大の敵だった。はぁ~。さすがに大人だから足をぶらぶらさせていることは無かったが、隣の席で黙っていたのは書類2枚目位までだった。始まった。

「あのさ、何度も自分の住所とか書いていると、ふと漢字とか番地とか電話番号とかわからなくなっちゃったりするわよね~、ね?そうじゃない?」

余計なことを言わないでっ。

確かに同じ作業を繰り返していると集中力がふと途切れた時に書き損じるものだ。ますます緊張して、何だか新しい住所の漢字の「へん」とか「つくり」が逆さになりそうな気さえしてきて。さらに緊張してサインする。その間も黙っていられない姉の性格。社判を押したり、書類を確認しているFさんにも容赦なく話しかける。

「毎日、何軒位契約されるの~?」「何で不動産業界って現金なのかしらねえ~」Fさんも年上の姉を無視もできないから「はあ~そうですねえ」なんて気の無い相槌を打ったりして、できるビジネスマン風で契約書類の仕上げを進めていたのであるが…後編に続く