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過ぎたるは猶及ばざるが如し~好き嫌い(後編)

2017.11.04

さて、前編でお話したように姉には結構こだわりがあり、食べられないものも多かったのだが、甘いものに関してはあまり選り好みはなかったと思う。

私達が小学校の時、まだ土曜日は学校があった。その日は半ドンで給食はなかったが、おやつが出た。小さく切ったわら半紙が配られ、その上にクッキーが2枚置かれる。今思うと、な、なんで、わ、わら半紙?とぎょっとするが、半世紀前の話であるから、そんなもんである。

当時はまだ昭和40年代。今みたいに物があふれていなかったから、裏が白い広告紙を丁度良い大きさに切ってメモ用紙に使ったし、クッキーの包み紙は大事に取っておいて単行本のカバーにしたりして、結構おしゃれ、なんて思っていたのだ。

母方の祖父の家の来客用トイレには籐だか竹だで編まれた四角い箱にうやうやしく「ちり紙」が積まれていた。ロールのトイレットペーパーも存在していたが、まだまだ「ちり紙」も幅をきかせていたし、ティッシュボックスも普及途上だったような。

まったくもって私たちも相当昔に生きていたんだ。最近の色とりどり、綺麗にプリントされた紙ナプキンや可愛くデザインされた付箋紙やメモ用紙なんぞを見ると「いやぁー、時代は変わった」とつくづく思ってしまうのだ。

さて、又々かなり話がそれたが、とにかく、土曜日のおたのしみ、わら半紙の上に何種類かのクッキーがローテーションで登場した。

そして、姉はその中の一つがたいそう気に入ったらしい。こんなおいしいものが世の中にあるのか、と。丸く薄く焼かれたそのクッキーは大手の製菓会社製で、確かに当時としてはちょっとおしゃれで高級な味がした…

そして彼女は思った。これを沢山食べたらどんなに幸せか、と。彼女は祖父にせがんでスーパーでそのクッキーを買ってもらった。母にせがまないところが彼女なりの知恵である。

1か月に一度くらい、たった2枚しか食べられなかった大好きなクッキーをまんまとゲットした。

満面の笑みで一箱を一気に全部食べた。そして知った。
たま~に2枚食べるから美味しかったのだと。そりゃそうだ。

一箱食べたら、やっぱり香料やらバターやらが鼻につく。あとの祭りだ。
そして姉は一生そのクッキーが食べられなくなった。

少し成長した中学の頃、彼女はB級製菓会社のチョコレート菓子をたいそう気に入った。
これも同じ手を使って手に入れた。

そして、一袋食べた。

一生食べられなくなった。同じ理由。ちっとも成長してなかった。

そして大学生の頃、ウニ風味のあられを知って、「これはいける!」と狂喜乱舞。前編で述べたように姉は魚介類が苦手だったから、本物の生ウニはこの時点では食べたことがなかったはず。

「魚介類なのに私食べられる!これがウニかぁ!」
推察するに「ウニを食べる私」が気に入ったのだと思う。
でも言っとくけどそれ、「ウニ」じゃないから。

何袋も食べた。

一生食べられなくなった。同じ理由。全く成長してない。

ご愁傷様である。

番外編
山梨の遠い親戚の家に行った時の事。そこは果物農家で、伺った時は正に桃の季節!
まさかのモモ丸ごと食べ放題。

「万里子さん、典子さん、種の周りなんて、食べなくていいから。美味しい甘いところだけ食べて、次のを食べなさい」
なんて夢のようなことを言われ、山のように積まれた桃を前に姉は舞い上がった。あまりのおいしさに次から次へと頬張った。なんてったって山梨の完熟桃!

確かに舞い上がるシチュエーションではあるが、程度ってものを知っている、私は。
姉ときたら…

その夜、ひどい下痢になった。

さすがに自然食品だから食べられなくなることはなかった。
これ、大人になってからの話である。とほほ。

次回に続く